ヨネモノ

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気仙沼
 へ行ってきました。(一ヶ月も前のことですが…)
 大津波によって陸に打ち上げられたこの船を、TVなどでご覧になられた方も多いかと思いますが、気仙沼はあの約一年半前の大震災で甚大な被害を負った土地の一つです。


一年半が過ぎても、被災の爪跡はいたる所に見られました。

今回「岡山から被災地へ手仕事を届ける会」という会の一員として気仙沼を訪れ、岡山の作家さん等が作られた手仕事の品をお届けすることと、未来を担う現地のお子さん達と手仕事を学ぶ(ワークショップなど…)というのが会としての大きな目的でした。
会としての目的はもちろん、僕が気仙沼訪問を望んだのはあの災害を忘れないためでした。
そして会の一員として訪問が決まってからは、自分が見て感じたことを自分の周囲の人達に伝えられたらと思っていました。ですので、一ヶ月が過ぎてもこのブログだけは書き切らないとと思ってました。

実際訪れて自分が一番感じたことは、その土地の方々はその中で「当たり前に生きている」ということでした。
たくさん大事なモノを失った中でも、それでも残った大切なモノや自分自身のために、今の環境を生きていかないといけない。前を向こうが下を向こうが、毎日毎日の生活は続いていて… 
当たり前のことと言えばそうなのかもしれませんが、あの大地震や大津波は「当たり前」の出来事ではなく、その被害に遭われた方々も「当たり前」な環境や感情ではいられなかったのだと思うのです。
それでも僕が現地で見たり話をした気仙沼の人々は、今の状況の中を暮らしています。
それはとてもたくましく見えたし、同時にその感情を理解することは到底僕にはできないと思って、どうしようもない気持ちになったのも事実です。

しかし。今回の気仙沼訪問を通じて、自分の中で大きな目標としていた「忘れない」ことは間違いなく達成できると思います。そしてそのことは、これから自分がモノを作ったり生活していくうえで、とても意義ある体験だったのです。
強く優しく生きていきたいものです。

たくさん失った中でも、たくましく生きている風景を最後に。


上の方に見える青い看板が津波の高さだったそうです。


この場所は元々家が建っていた所で、地盤沈下により満潮時には完全に水に沈んでしまい、海だと認識したのかカモメが泳いでいました。


家の門柱の間にコスモスが咲いていました。津波に流されて基礎の部分だけ残った家の各部屋からたくさんのコスモスが新たに咲き誇っている姿はとても印象的で、人工物の脆さと自然の強さを感じました。


何とかこうして書いてみましたが、非常に言葉や写真選びが難しく、ちゃんと伝えれているのか不安です…
ここに書ききれなかったことや、写真などまたご興味のある方は個人的におっしゃって下さい。
| その他 | 22:43 | comments(2) | - | pookmark |
コメント
私達も去年の6月に岡山社協からのボランテァで宮城県の多賀城市に行きました。
災害の少ない岡山に住んでいると、遠い昔のような錯覚さえ感じる昨今にいる自分を感じることがあります。

今尚、あの悲惨な状況の中、懸命に生活をされている方々がいることを忘れてはいけませんね。
| やませみ | 2012/11/05 7:46 PM |
やませみ さん
そうでしたか。昨年の6月とはかなり直後ですね。
正直自分には何もできないと感じましたが、忘れないで想うということだけはできるような気がしたし、それが何かに繋がるような期待もしています自分自身に。
| ※ | 2012/11/07 12:46 AM |
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